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住所 | 〒398-0001 長野県大町市平8510 | |
電話 | TEL: | |
御祭神 | 武甕槌神 | |
例祭日 | 例祭不明 | |
駐車場 | ||
特徴 | 当神礼の創立は不詳であるが、口伝によると、大同二年(八〇七)「たひら川」(現在の鹿嶋川)が氾濫し、呎人が天地の保護神とし て、常陸国鹿鴫神宮の分霊を奉じて勧請し、あわせて神宮に型どり、丑寅に息柄神社、辰巳の方角に鹿嶋神社を祀った。鹿鴫神の神徳が広人であるため、里人は集落を鹿嶋と袮し、たひら川を鹿嶋 川、鶴ケ岳を鹿嶋槍ケ岳と改称した。正親町天皇の。元亀年中(一五七〇)武田晴仁の崇敬厚く、同三年社領を寄進された。領主清和源氏・小笠原真慶も崇敬厚く、領主 が参拝のときは社家に命じて、好物のソバを饗し、その際使用した蒸ソバ器三〇個を現在まで保存し、領主の遺徳を偲んでいる。 弘化四年(一八四七)旧三月二四日県内外に大地震があり、各地 に大災害があったが、当神社氏子区域には少しも災害なく、平静であった。神徳の像人なことが顕現され、参拝者が絶えなかったという。大正七年一一月の大町地震のときも当神社氏子は平素と 変わらず、それにより一般崇敬者の参拝も多く、地方参講社を設け、神徳俄謝の誠を効している。 |
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